Artist's commentary
アイツ
2013/7/14 23:28
ひと月前くらいからだろうか、アイツを女性として意識し始めたのは。ファミレスのバイト仲間に同い年のボーイッシュな女の子がいる。面倒見が良く竹を割ったようなさっぱりとした性格で俺とは男の親友のような関係だった。切っ掛けは些細な事だった。アイツが高いところに置いてある物を取ろうと踏み台の上に立った時、スカートから伸びる綺麗な脚が目に入った。俺は間抜けにもその脚を見て初めてアイツが女の子だという事を実感した。改めてよく見るとアイツは俺の周りにいるどの女の子よりも顔立ちが整っていて美人だった。以降、日増しにアイツの事を考えることが多くなり、ついに俺は勇気を振り絞って夏休みにアイツをどこかへ遊びに誘ってみようと決心した。翌日、俺は書店で旅行雑誌を購入した後、帰宅のためホテル街を通り抜けようとしていた。何組かのカップルが俺の前を歩いている。何気なくそのうちの一組を見た。下品な笑みを浮かべた爬虫類のような男がショートカットの女の子の腰を抱いている。バイト先で見たことのある男だ。俺が注文を取りに行った時、今みたいに下品な笑みを浮かべてスマホを俺の前に掲げて「前の女だ、すげぇだろ?」と言って来た。画面には妙な体位で繋がった男女が映っていた。俺は少し興奮しつつも胸が悪くなったのを覚えている。付き合っていた女性の痴態を他人に見せるなんてどうかしている。不快な気分になり男を睨みつけていると腰を抱かれた女の子がラブホテルをもの珍しそうに見上げた。そんな…。僅かだったが見間違うはずがない。男の隣に居た女の子はアイツだった…。なんでそんな奴とこんな場所に…。俺はしばらく立ちすくんで男とアイツが角を曲がって行くのを見送った。いくらなんでもあの男はだめだ…せめて忠告しないと…。恋愛感情を差し引いてもアイツは良い奴だ。不幸になんてなって欲しくない。例えアイツに恋路を邪魔されたと恨まれようとも止めなければ…。俺は急いで二人を追った。いない…。どこへ行った…。まさかもうどこかのホテルに入ってしまったのか。焦ってアイツに電話してみる。出ない…。着信音やバイブの音も聞こえない…。俺は必死にホテル街を走り回り迷惑なのを承知で通りかかるカップルに訪ねてまわった。……………………。何の手掛かりも得られないまま気が付けば1時間以上の時間が過ぎていた。俺は疲労と絶望感からその場にへたり込んだ。今頃…アイツはもう……。