Artist's commentary
遠き想い出のクラリスヴェーユ
「私は死んだも同じだったから、想い出であれば其れでよかった。」「それでも、あの人は私を見てくれたから―――」
クラリスヴェーユ・アシュタイン/17歳女/死霊術師
アシュタイン家の長子は代々齢10歳を迎えた日に、其れまでの人生に一度死を迎える。
己の父親を除いた家族や近しい人、家に仕える使用人、全ての人々から己の記憶を忘却させられるのだ。
『肉体的な死』とはまた違う『存在の死』を味わった長子はこの死による絶望を糧として、より死霊術を扱うものとしての高みを目指すこととなる。クラリスヴェーユも決して例外ではなかった。元より友達が多い方でもなかったが、それでも彼女を彼女として見てくれた者の存在が全て消えたあの日のことを、彼女は決して忘れることは出来なかった。そうして彼女が塞ぎ込み、勉学に没頭し、人との関わりを避けるようになるのも、別段想像に難くない話であった。彼女をこれまで生きてきた彼女たらしめるものは、忘却の彼方にある霞がかった想い出だけだった。
そんな彼女のことを知ってか知らずか、たまたま道を訪ねてくれた男がいた。彼女は素直に道を教えた。それで終わるはずだった。その男はなんと翌日も彼女に話しかけ、よりによってこのように言い放ったのである。「―おや、また会ったな」と。
――たったそれだけであった。たったそれだけの言葉であったが、人との繋がりに飢えていた少女にはまるで全身の渇きを全て潤すオアシスの水を飲んだかのような感覚だった。彼女の目を見開いた表情が面白かったのか、男は一言二言彼女に語りかけてから、またどこかへ去って行った。翌日は彼女から男に話しかけてみた。今までのことを考えれば、其れは相当な英断であったに違いない。話しかけられて男は振り返りこう答えた。「おお、君かね」「ところで君、名前はなんというのだ。」
それから彼女が恋というものに落ちるのに時間はかからなかった。今まで着ていた黒いローブは捨て去り、白いスーツと白いローブを仕立てることにした。彼が着ていたからだ。彼女は彼の力になりたかった。彼のことを知りたかった。彼が好きなものを知りたかった。彼の嫌いなものを知りたかった。彼の考えていることを知りたかった。彼の生活を知りたかった。彼の匂いを知りたかった。彼の感触を知りたかった。とりあえず後をつけて生活を見守ることから始めてみた。その際ハンカチを落としたので、返そうと思ったがもったいなかったのでくすねることにした。家に帰って彼の匂いを十二分に堪能し、匂いが薄れた頃に洗濯してそっと彼の荷物の上に乗せておくことにした。その行為に味を占めたのか、次は上着を持って帰ってみた。彼は少々慌てていたが友達たちにからかわれるだけで終わっていた。なお日頃の努力の成果が実り、彼の住居の特定に成功した。彼のいない間に彼の脱いだ衣服を一枚拝借してみることにした。最近はもっぱらパンツを重点的に狙っている。相変わらず匂いが薄れるまで匂いを堪能して、日にちが立ったらそっと元に戻す寸法である。彼は気づいているかはわからない。とりあえず、彼のパンツからなにやらやたらフローラルな香りがしたら、それは彼女の仕業である。
かわいそうな彼【illust/50670849】
企画元【illust/49662235】